日本語と日本文化


どんぐりと山猫:宮沢賢治の童話を読む


<をかしなはがきが、ある土曜日の夕がた、一郎のうちにきました。
  かねた一郎さま 九月十九日
  あなたは、ごきげんよろしいほで、けつこです。
  あした、めんどなさいばんしますから、おいで
  んなさい。とびどぐもたないでくなさい。
                  山ねこ 拝


宮沢賢治の童話「どんぐりと山猫」はこんな書き出しで始まる。この物語は、主人公の少年一郎が友達の山猫から依頼状をもらって、彼の行う裁判を手助けしに出かけるという内容だ。その裁判とはどんぐりたちの相互に対立する主張を仲裁するというものだった。

山猫にしろ、どんぐりにしろ、人間とは違った生き物だから、人間の世界とまったく同じことが現実に起こりうるはずもない。だがそれを擬人化と考えれば、物語の内容そのものはそんなに変わったものではない。

つまりこの物語は山猫やどんぐりにことよせながら、人間の世界におこりがちな馬鹿げたことを、風刺の精神を込めて描いているのだ、そうも受け取れる。

だが賢治はそこに面白い仕掛けを持ち込んでいる。そこがこの物語を単純な教訓譚に終わらせていない所以となっている。

主人公の意識の中でも、それを読んでいる我々読者にとっても、展開していく話の内容は、まずは現実的な出来事として始まる。ところが物語が進むにつれて、実はそうではなく、物語の中でおこった出来事は非日常的な空間の中での出来事だったということが、わかるような仕掛けになっている。

宮沢賢治の童話の大きな特徴のひとつとして、日常と非日常とが互いに浸透しあい、主人公はその両者の間を行ったり来たりするということを、先稿で述べた。「どんぐりと山猫」もまた、基本的にはそのパターンに従っているのである。

主人公の少年はいきなり日常から非日常へとワープするわけではない。彼は自分の心の中では始終現実世界にいるということを疑っていないのに、後から考えると実は非日常の空間に紛れ込んでいたと気づかされるのだ。非日常性を表に出さず、日常性の裏側に隠れたものとして描いているわけである。

では少年はどのような過程を経て非日常の空間へと紛れ込んでいくのか。物語に沿って、そのプロセスを確認してみよう。

少年は山猫からの依頼状に応えて森の中へと入っていく。森の中で少年はさまざまなものと出会い、そのたびに山猫がどこにいるかと訪ねる。最初は栗だ。

<すきとほつた風がざあつと吹くと、栗(くり)の木はばらばらと実をおとしました。一郎は栗の木をみあげて、
「栗の木、栗の木、やまねこがここを通らなかつたかい。」とききました。栗の木はちよつとしづかになつて、
「やまねこなら、けさはやく、馬車でひがしの方へ飛んで行きましたよ。」と答へました。
「東ならぼくのいく方だねえ、をかしいな、とにかくもつといつてみよう。栗の木ありがたう。」
 栗の木はだまつてまた実をばらばらとおとしました。

「すきとほつた風がざあつと吹く」という表現に注目したい。普通風を「すきとほってゐる」とはいわない。風は動きとともに強い存在感を伴うものだが、透明感はそれとは別の感覚をもたらす。その風が「ざあっと」吹いて、栗の木が実を落とす。それをきっかけに、少年は栗の木に山猫の所在を尋ねるのだ。

こうしたなにげない表現を通して、賢治は読者が非日常空間へと徐々に移行するよう導いている。こうした移行への助走は、同じようなシーンを繰り返し登場させるという工夫によって補強される。栗の木に続いて少年は、滝や、ぶなの木の下のキノコや、胡桃の木の梢を飛んでいるリスと次々と出会い、そのたびに山猫の所在を尋ねる。そうした出会いを重ねるうちに、少年は次第に山の奥へと入り込んでいき、いつのまにか日常とは別の非日常空間が立ち現れるのだ。

<一郎がすこし行きましたら、谷川にそつたみちは、もう細くなつて消えてしまひました。そして谷川の南の、まつ黒な榧(かや)の木の森の方へ、あたらしいちひさなみちがついてゐました。一郎はそのみちをのぼつて行きました。榧の枝はまつくろに重なりあつて、青ぞらは一きれも見えず、みちは大へん急な坂になりました。一郎が顔をまつかにして、汗をぽとぽとおとしながら、その坂をのぼりますと、にはかにぱつと明るくなつて、眼がちくつとしました。そこはうつくしい黄金(きん)いろの草地で、草は風にざわざわ鳴り、まはりは立派なオリーヴいろのかやの木のもりでかこまれてありました。
 その草地のまん中に、せいの低いをかしな形の男が、膝(ひざ)を曲げて手に革鞭(かはむち)をもつて、だまつてこつちをみてゐたのです。

森の中から突然視界の中に入ってきた黄金色の草地、それが異次元の空間をシンボライズしたものであることは、見やすいところだろう。

この異次元の空間で少年が始めて出会うは、山猫の別当である。あの依頼状を下手な字で書いたのはこの別当であった。少年は別当と挨拶代わりにいろいろな話をするうち、当の山猫が現れる。

<そのとき、風がどうと吹いてきて、草はいちめん波だち、別当は、急にていねいなおじぎをしました。
 一郎はをかしいとおもつて、ふりかへつて見ますと、そこに山猫(やまねこ)が、黄いろな陣羽織のやうなものを着て、緑いろの眼をまん円にして立つてゐました。やつぱり山猫の耳は、立つて尖(とが)つてゐるなと、一郎がおもひましたら、山ねこはぴよこつとおじぎをしました。一郎もていねいに挨拶(あいさつ)しました。
「いや、こんにちは、きのふははがきをありがたう。」
 山猫はひげをぴんとひつぱつて、腹をつき出して言ひました。
「こんにちは、よくいらつしやいました。じつはをとゝひから、めんだうなあらそひがおこつて、ちよつと裁判にこまりましたので、あなたのお考へを、うかがひたいとおもひましたのです。まあ、ゆつくり、おやすみください。ぢき、どんぐりどもがまゐりませう。どうもまい年、この裁判でくるしみます。」

争いの内容というのは、どんなどんぐりが一番立派であるかについて、どんぐりの間で意見の相違が起こり、まとまらないというものだった。山猫のもとに大勢アリのようにつらなって集まってきたどんぐりたちは、山猫の前にかしこまりながら、互いに自説を主張してやめない。そんなどんぐりたちを前に、山猫は頭を抱えてしまう。

<「裁判ももう今日で三日目だぞ、いゝ加減になかなほりをしたらどうだ。」山ねこが、すこし心配さうに、それでもむりに威張つて言ひますと、どんぐりどもは口々に叫びました。
「いえいえ、だめです、なんといつたつて頭のとがつてるのがいちばんえらいんです。そしてわたしがいちばんとがつてゐます。」
「いゝえ、ちがひます。まるいのがえらいのです。いちばんまるいのはわたしです。」
「大きなことだよ。大きなのがいちばんえらいんだよ。わたしがいちばん大きいからわたしがえらいんだよ。」
「さうでないよ。わたしのはうがよほど大きいと、きのふも判事さんがおつしやつたぢやないか。」
「だめだい、そんなこと。せいの高いのだよ。せいの高いことなんだよ。」
「押しつこのえらいひとだよ。押しつこをしてきめるんだよ。」もうみんな、がやがやがやがや言つて、なにがなんだか、まるで蜂(はち)の巣をつゝついたやうで、わけがわからなくなりました。

そこで山猫はどうしたらよいかと、少年に助けを求める。それに対して少年は意外なことを言うのだ。

山猫が一郎にそつと申しました。
「このとほりです。どうしたらいゝでせう。」
 一郎はわらつてこたへました。
「そんなら、かう言ひわたしたらいゝでせう。このなかでいちばんばかで、めちやくちやで、まるでなつてゐないやうなのが、いちばんえらいとね。ぼくお説教できいたんです。」
 山猫(やまねこ)はなるほどといふふうにうなづいて、それからいかにも気取つて、繻子(しゆす)のきものの胸(えり)を開いて、黄いろの陣羽織をちよつと出してどんぐりどもに申しわたしました。
「よろしい。しづかにしろ。申しわたしだ。このなかで、いちばんえらくなくて、ばかで、めちやくちやで、てんでなつてゐなくて、あたまのつぶれたやうなやつが、いちばんえらいのだ。」
 どんぐりは、しいんとしてしまひました。それはそれはしいんとして、堅まつてしまひました。

物語の大筋は、このように単純なものだ。どんぐりたちの自分勝手な主張を並べ立てることで、それらが互いに相対的なものでしかないこと、したがって絶対的な基準にはならないこと、それに対して愚直とか謙譲とかいう美徳は唯一絶対的なものでありうること、こうした考えを賢治は読者である子どもに伝えたかったのかもしれない。少年にお説教で聞いたといわせているのは、その現われだろう。

問題が一気に解決して喜んだ山猫は、今後も困ったときには助けてくれるように願いながら、少年にお土産を上げようという。少年は金色のどんぐりを選ぶ。こうして少年は別当の馬車に送られて家へと帰る道に着く。それが日常世界への帰還を意味していることはいうまでもない。

<「さあ、おうちへお送りいたしませう。」山猫が言ひました。二人は馬車にのり別当は、どんぐりのますを馬車のなかに入れました。
 ひゆう、ぱちつ。
 馬車は草地をはなれました。木や藪(やぶ)がけむりのやうにぐらぐらゆれました。一郎は黄金(きん)のどんぐりを見、やまねこはとぼけたかほつきで、遠くをみてゐました。
 馬車が進むにしたがつて、どんぐりはだんだん光がうすくなつて、まもなく馬車がとまつたときは、あたりまへの茶いろのどんぐりに変つてゐました。そして、山ねこの黄いろな陣羽織も、別当も、きのこの馬車も、一度に見えなくなつて、一郎はじぶんのうちの前に、どんぐりを入れたますを持つて立つてゐました。
 それからあと、山ねこ拝といふはがきは、もうきませんでした。やつぱり、出頭すべしと書いてもいゝと言へばよかつたと、一郎はときどき思ふのです。>


    

  
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