宮沢賢治の世界
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原体剣舞連(はらたいけんばひれん):宮沢賢治の詩


原体剣舞連(はらたいけんばいれん)は宮沢賢治の詩の中では一風変った趣のものだ。彼はこの詩を、岩手県の江刺地方でみた剣舞の印象をもとに作ったことがわかっている。子供たちが踊る剣舞の荒々しくもさわやかな様子を、地元に伝わる鬼の伝説を入れ混ぜながら描いているが、その鬼に修羅のイメージを重ねることで、自分自身の悩みをも盛り込んでいるといえなくもない。

南部地方には宮沢賢治の時代にも、さまざまな地域で剣舞が残っていたらしい。多くは門付け芸能の類で、いってみれば越後獅子や三河万歳の類に似たものだったらしい。それを土地の人は、「けんまい→けんばい」とか「けんべ」ともいった。剣の舞という意味だ。

宮沢賢治は子供の頃から、こうした剣舞を見て育った。剣舞を踊るものたちは、下層の人々の子供たちだったから、賢治は彼らの踊りを見ることで、楽しいという感情とともに、貧しい子供たちへの複雑な感情をも一緒に抱いたろう。

そんな複雑な感情が、成人して後、剣舞を見たことがきっかけで、またもや甦ってきた。踊りを見ること自体は、子供時代の郷愁のようなものの甘い匂いを呼び起こしてくれる。だがそれだけではない。はっきりとはいえないが、いまの自分には、子供の頃に感じたあの単純な驚きとは違う別の感情がそこに混じっていることを感じる。賢治はその感じを何とかして、言葉に表してみたいと思った。この詩はそんな思いを表したものと受け止めえるのだ。

     dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah
  こんや異装(いさう)のげん月のした
  鶏(とり)の黒尾を頭巾(づきん)にかざり
  片刃(かたは)の太刀をひらめかす
  原体(はらたい)村の舞手(をどりこ)たちよ
  鴾(とき)いろのはるの樹液(じゆえき)を
  アルペン農の辛酸(しんさん)に投げ
  生(せい)しののめの草いろの火を
  高原の風とひかりにさゝげ
  菩提樹皮(まだかは)と縄とをまとふ
  気圏の戦士わが朋(とも)たちよ
  青らみわたる気(かうき)をふかみ
  楢と椈(ぶな)とのうれひをあつめ
  蛇紋山地(じやもんさんち)に篝(かがり)をかかげ
  ひのきの髪をうちゆすり
  まるめろの匂のそらに
  あたらしい星雲を燃せ

冒頭からほとばしり出てくる擬音語の繰り返しは太鼓の音だろう。あるいは貧しい親の子供たちが太鼓の音を模した口三味線の音かもしれない。この人達は、太鼓が買えない代わりに、自分の口と声で太鼓の効果を表すことが上手なのだ。

子どもたちが、剣のまがい物を振りかざして、踊りを踊る。その踊りはまがまがしい鬼たちの勇壮な踊りを表現しようとしている。剣舞の多くは鬼の踊りをかたどったものなのだ。

     dah-dah-sko-dah-dah
  肌膚(きふ)を腐植と土にけづらせ
  筋骨はつめたい炭酸に粗(あら)び
  月月(つきづき)に日光と風とを焦慮し
  敬虔に年を累(かさ)ねた師父(しふ)たちよ
  こんや銀河と森とのまつり
  准(じゆん)平原の天末線(てんまつせん)に
  さらにも強く鼓を鳴らし
  うす月の雲をどよませ

賢治にとって子供たちが踊る鬼の踊りは、銀河と森を賛歌するもののように映る。銀河は宇宙のイメージであり、森は生命のイメージだ。鬼はだから宇宙に息づく生命のエネルギーを形にしたものそのものなのだ。

    Ho! Ho! Ho!
       むかし達谷(たつた)の悪路王(あくろわう)
       まつくらくらの二里の洞(ほら)
       わたるは夢と黒夜神(こくやじん)
       首は刻まれ漬けられ
  アンドロメダもかゞりにゆすれ
       青い仮面(めん)このこけおどし
       太刀を浴びてはいつぷかぷ
       夜風の底の蜘蛛(くも)をどり
       胃袋はいてぎつたぎた

ここで賢治は鬼を悪路王のイメージに重ねる。悪路王とは蝦夷の酋長を象徴したものとして、南部の人たちに恐れられ、かつ愛されてきた。それは遠い昔に生きていた異人たちが賢治の祖先たちに滅ぼされた後、鬼となってこの世とあの世の境をさまよっている、そんな霊的な存在として人々に受け取られてきたのである。賢治はそんな不思議な鬼に、両義的な感情を持ちながら、接してきたに違いない。

その悪路王は、首を刻まれ腸を塩漬けにされる。なぜそんなひどい目にあわねばならぬのか。昔平将門が首をはねられたとき、その首は空中を飛んではるかな地に落ちた。人々はその首を手厚く葬り、首塚をたてた。そのように南部の人たちも悪路王の首を手厚く葬るべきなのだ。なぜなら鬼となった悪路王は人間に救いをもたらす天鬼になったに違いないのだから。そう賢治は歌うのだ。

    dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah
  さらにただしく刃(やいば)を合(あ)はせ
  霹靂(へきれき)の青火をくだし
  四方(しはう)の夜(よる)の鬼神(きじん)をまねき
  樹液(じゆえき)もふるふこの夜(よ)さひとよ
  赤ひたたれを地にひるがへし
  雹雲(ひよううん)と風とをまつれ
    dah-dah-dah-dahh
  夜風(よかぜ)とどろきひのきはみだれ
  月は射(い)そそぐ銀の矢並
  打つも果(は)てるも火花のいのち
  太刀の軋(きし)りの消えぬひま
    dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah
  太刀は稲妻萱穂(いなづまかやぼ)のさやぎ
  獅子の星座(せいざ)に散る火の雨の
  消えてあとない天(あま)のがはら
  打つも果てるもひとつのいのち
    dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah

賢治の言葉は太鼓のリズムに酔うようにして、次から次へとイメージを展開しいていく。そこには陶酔のような高揚感がある。感性が知性に先立っている。





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