日本語と日本文化


永訣の朝:宮沢賢治「春と修羅」


宮沢賢治の詩集「春と修羅」には、妹トシの死を悼んだ一連の作品がある。トシは賢治の二歳年下の妹で、賢治とは特別に密接な関係で結ばれていたことはよく知られている。法華経を仲立ちにした信仰上の同士であったということのほかに、トシに対する賢治の異常ともいえる思い入れをもとに、そこに近親相姦を想像する論者さえいる。

その妹のトシが24歳という若さで死んだ。死因は結核だった。愛する妹の死は賢治に計り知れない打撃を与えたようで、押入に頭を突っ込んでオイオイと泣いたり、死んだ妹の頭をひざの上に乗せて、なんども髪をくしけずったという証言もある。そんなことが妹との近親相姦説に拍車をかけたのだろう。

賢治はそんな悲しみの中から、類まれな美しさに満ちた一連の挽歌を生み出した。「永訣の朝」を始め「無声慟哭」という小題のもとにまとめられた五編、および「オホーツク挽歌」の小題のもとにまとめられた五編がそれだ。これらの詩に限らず、「春と修羅」の諸編には多かれ少なかれ妹の死の悲しみがこだましている。

「永訣の朝」は一連の挽歌群の最初に置かれたものだ。この詩の中で賢治は、妹の死とそれが自分にとってもつ重みを歌っている。言葉の背後には、法華経的な仏教観と賢治特有の宇宙観があることが、多くの論者によって指摘されているが、そんなことを抜きにして、言葉そのものからストレートに、賢治の思いが伝わってくる。詩とは言葉の芸術なのだから、優れた詩であるほど、言葉そのものが輝いているという、見本のような詩だ。


  けふのうちに
  とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
  みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ
       (あめゆじゆとてちてけんじや)
  うすあかくいつそう陰惨(いんざん)な雲から
  みぞれはびちよびちよふつてくる
       (あめゆじゆとてちてけんじや)
  青い蓴菜(じゆんさい)のもやうのついた
  これらふたつのかけた陶椀(たうわん)に
  おまへがたべるあめゆきをとらうとして
  わたくしはまがつたてつぱうだまのやうに
  このくらいみぞれのなかに飛びだした
       (あめゆじゆとてちてけんじや)
  蒼鉛(さうえん)いろの暗い雲から
  みぞれはびちよびちよ沈んでくる
  ああとし子
  死ぬといふいまごろになつて
  わたくしをいつしやうあかるくするために
  こんなさつぱりした雪のひとわんを
  おまへはわたくしにたのんだのだ
  ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
  わたくしもまつすぐにすすんでいくから
       (あめゆじゆとてちてけんじや)

詩は、死にゆく妹への呼びかけから始まる。詩の中で妹は今日のうちに死んでいくものと想定されている。実は、賢治がこの詩を書いたのはトシが死んで半年ばかりたった時点であることが実証されている。賢治はその時点でこの詩を書くに当たって、自分がまさに死に行きつつあるトシと直面しているところをあえて想定したのである。

死にゆくトシが最後に兄にねだったのは、降りしきっている雪空の下から、霙の塊を取ってきて欲しいということだった。「あめゆじゆとてちてけんじや」とは「みぞれをとってきてください、賢治兄さん」という意味の、花巻方言だということだが、詩の最初の部分ではこの言葉が、基層低音のように繰り返し現れる。

賢治は妹の願いをかなえようとして、鉄砲玉のように外に飛び出す。外では蒼鉛(さうえん)いろの暗い雲から、みぞれがぴちょぴちょと降っている。賢治は、妹があられを取りに外に生かせたのは、暗い空の下で自分を明るくしてくれるためだと思う。そして自分は鉄砲玉のように、まっすぐな気持ちでいたいと願う。

  はげしいはげしい熱やあへぎのあひだから
  おまへはわたくしにたのんだのだ
   銀河や太陽 気圏などとよばれたせかいの
  そらからおちた雪のさいごのひとわんを......
  ......ふたきれのみかげせきざいに
  みぞれはさびしくたまつてゐる
  わたくしはそのうへにあぶなくたち
  雪と水とのまつしろな二相系(にさうけい)をたもち
  すきとほるつめたい雫にみちた
  このつややかな松のえだから
  わたくしのやさしいいもうとの
  さいごのたべものをもらつていかう
  わたしたちがいつしよにそだつてきたあひだ
  みなれたちやわんのこの藍のもやうにも
  もうけふおまへはわかれてしまふ
  (Ora Orade Shitori egumo)

ふたつの茶碗をもった賢治は、ふた切れの御影石の上にあやしい姿勢で乗って、つややかな松の枝から、雪と水との二相系を呈したみぞれを掬い取る。二相系とは気体と液体、液体と固体とのハザマにあって、そのどちらでもないさまを表す、賢治独特の表現だ。あられは雪でもなく水でもない、その中間のあり方なのだ。

ここで二つという表現が繰り返し出てくるが、これは賢治と妹と、二人の間を照らしだす効果的な装置なのだといえよう。

  ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
  あああのとざされた病室の
  くらいびやうぶやかやのなかに
  やさしくあをじろく燃えてゐる
  わたくしのけなげないもうとよ
  この雪はどこをえらばうにも
  あんまりどこもまつしろなのだ
  あんなおそろしいみだれたそらから
  このうつくしい雪がきたのだ
       (うまれでくるたて
        こんどはこたにわりやのごとばかりで
        くるしまなあよにうまれてくる)
  おまへがたべるこのふたわんのゆきに
  わたくしはいまこころからいのる
  どうかこれが天上のアイスクリームになつて
  おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
  わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ

賢治はあんなに暗くて恐ろしい空から、こんなに真っ白できれいな雪が降ってくるのが不思議だと感ずる。賢治は妹が死んだ後に行く世界が、もしかして天上の世界かもしれないと思いながら、その天上を見上げ、それが余りにも恐ろしそうなのが不安なのだ。だがそこから白くて美しいものが降ってくるのをみて、もしかして自分の不安は的外れなのかもしれないと、半ば安堵するのだ。

この詩の中では明示的には現れていないが、賢治は妹が死後に、どんな世界に生まれ変わるのか、それが不安でたまらなかった。そこには法華経に深く帰依した人間として、輪廻転生の観念が強く賢治の心の中にわだかまっていたのだ。

その賢治の不安に対してトシは答える。「うまれでくるたて こんどはこたにわりやのごとばかりで くるしまなあよにうまれてくる」

賢治は妹のこの言葉に、いづれ別の世界で一緒になれることを期待したのかもしれない。

そこで賢治はとりあえず安堵して、自分がトシのためにとってきたこのみぞれが、いつかは天上のアイスクリームとなって、妹のためばかりでなく、人類すべてにとって貴い食べ物となることを願うのだ。(この部分は後に賢治自身によって、「兜卒の天の食」と書き換えられた。兜卒天は賢治が、妹の生まれ変わる世界として、最も願っていたところだ。)


    

  
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