日本語と日本文化


宮沢賢治と修羅の悩み:春と修羅


宮沢賢治の詩が新鮮で美しく感ぜられるのは、彼の詩には光が溢れ、清浄な青空の下にそよぐ風が感じられ、生き物が生きることの喜びを謳歌しているからだ。賢治の心象を透過して現れたそれらのスケッチは、春の息吹に満ち溢れている。賢治は春を歌う詩人であり、光を歌う詩人であり、風を歌う詩人なのだ。

宮沢賢治の詩が新鮮で美しく感ぜられるのは、彼の詩には光が溢れ、清浄な青空の下にそよぐ風が感じられ、生き物が生きることの喜びを謳歌しているからだ。賢治の心象を透過して現れたそれらのスケッチは、春の息吹に満ち溢れている。賢治は春を歌う詩人であり、光を歌う詩人であり、風を歌う詩人なのだ。

そんな賢治が、自分を修羅として感じている。修羅はインドの仏教文化の中でアスラと呼ばれ、仏教の神と戦って地下世界へ追いやられた堕天使としてイメージされている。それは一方では、敗れたことに対する憤怒の化身であるが、同時に仏を守護する天使としての二重性を持たされている。

日本でも、興福寺の阿修羅像に象徴されるように、阿修羅はプラス・マイナスの二つの要素が交差する複雑な神としてイメージされる。

賢治がそんな修羅だと自分を意識するのは、どのような意味合いにおいてなのか。仏教の教えによれば、世界は六道界からなっている。修羅の世界は餓鬼や地獄よりは上であるが、天上界はもとより人間界よりも下に位置する。だから修羅であることは、まだ人間にもなりきれない未熟な存在なのだ。賢治が自分を修羅だと意識したのは、このような意味合いにおいてであろう。

賢治が捕らえていた修羅の姿とは、煩悩にさいなまれている姿である。怒り、憎しみ、嫉妬といった感情から脱しきることが出来ずに、つねに焦燥感に駆られている。賢治は自分の今の姿がそうだと感じているのである。

賢治の描く春の世界は、無垢で美しい世界だ。そこに自分が修羅として生きている。そんな自分の生き様をどうしたら超越できるのか。

自分の詩集を「春と修羅」と題したことの背後には、賢治のこのような問題意識があったのだろうと思われる。これを宗教的な立場からは、救いを求める魂の声、あるいは求道の書だとする見方もあろう。

宗教的な見方をとらずとも、賢治の詩が単に彼のいう心象のスケッチにはとどまらず、そのうちに救いを求める魂の叫びを含んでいることは、無視できない。

詩集全体と同じ名をつけられたこの詩は、上のような賢治の問題意識を凝縮したものだ。賢治は春の景色と苦行者としての修羅を対立させて描くことで、この世での自分の生き方を深く反省しているのだと、受け取れる。

  心象のはひいろはがねから
  あけびのつるはくもにからまり
  のばらのやぶや腐植の湿地
  いちめんのいちめんの諂曲(てんごく)模様
  (正午の管楽(くわんがく)よりもしげく
   琥珀のかけらがそそぐとき)
  いかりのにがさまた青さ
  四月の気層のひかりの底を
  唾(つばき)し はぎしりゆききする
  おれはひとりの修羅なのだ

詩はまず賢治の心象の模様を描写することから始まる。灰色に曇ったその世界は、アケビのつるが延びて雲にからまり、のばらのやぶや腐植の湿地には一面諂曲の模様が描かれている。諂曲とはそしりやへつらいをさす言葉だが、ここでは修羅の世界をイメージしている。賢治は自分をこの世にあってかつ修羅の巷にいる不幸な住人だと意識しているわけである。

  (風景はなみだにゆすれ)
  砕ける雲の眼路(めぢ)をかぎり
   れいろうの天の海には
    聖玻璃(せいはり)の風が行き交ひ
     ZYPRESSEN 春のいちれつ
      くろぐろと光素(エーテル)を吸ひ
       その暗い脚並からは
        天山の雪の稜さへひかるのに
        (かげろふの波と白い偏光)
        まことのことばはうしなはれ
       雲はちぎれてそらをとぶ
      ああかがやきの四月の底を
     はぎしり燃えてゆききする
    おれはひとりの修羅なのだ

際限なく広がる空には、聖玻璃の風が行き交い、糸杉が一列に並んで立つ、その足元の間からは天山の雪さえ光って見えるのに、自分にとってはまことの言葉は失われ、この春の輝く大地の上を、はぎしりしながら行き来する、なぜなら自分は修羅だからだ。

    (玉髄の雲がながれて
     どこで啼くその春の鳥)
    日輪青くかげろへば
      修羅は樹林に交響し
       陥りくらむ天の椀から
        黒い木の群落が延び
         その枝はかなしくしげり
        すべて二重の風景を
       喪神の森の梢から
      ひらめいてとびたつからす
      (気層いよいよすみわたり
       ひのきもしんと天に立つころ)

玉髄のような雲が流れ、そこから春の鳥(ひばりだろうか)の啼く声が聞こえてくる、修羅である自分はわずかに木々の音と交響するが、木の枝はかなしく茂るだけ、自分は春の気分と一体になれずにいる

  草地の黄金をすぎてくるもの
  ことなくひとのかたちのもの
  けらをまとひおれを見るその農夫
  ほんたうにおれが見えるのか
  まばゆい気圏の海のそこに
  (かなしみは青々ふかく)
  ZYPRESSEN しづかにゆすれ
  鳥はまた青ぞらを截る
  (まことのことばはここになく
   修羅のなみだはつちにふる)

そこへ「けら」をまとった男が近づいてくる、その男に果たして修羅である自分が見えるだろうか、

糸杉が静かにゆれ、鳥が青空を横切って飛ぶ、どうやらここには、人間として通じ合えるようなまことの言葉はないようだ、それを思って自分は涙を落とすのだ

  あたらしくそらに息つけば
  ほの白く肺はちぢまり
  (このからだそらのみぢんにちらばれ)
  いてふのこずゑまたひかり
  ZYPRESSEN いよいよ黒く
  雲の火ばなは降りそそぐ

春の冷たい空気を吸うと、自分の病んだ肺はきりりと引き締まる、このまま自分の体が微塵に散らばるがよい、散らばって万象の中に溶け込むのだ、

賢治は最後にこういって、修羅として煩悩に包まれた自分の体が、微塵に散らばることによって、万象と一体となり、そこから救いの可能性が現れてくるのを期待する。

ZYPRESSEN(糸杉)は天空を指すように一直線に伸びる木だ。賢治はこの木のイメージが好きだった。垂直に立っているところが、地上と天空とを媒介するようにも思えたからだ。それがいよいよ黒く見え、雲の火花が降り注ぐ、賢治はその火花で全身を焼かれ、燃える糸杉の炎とともに、上へ上へと上昇することを、願うのだ。


    

  
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